「自分を知る」というのは永遠のテーマです。
なぜなら、自分を知るには「その他すべてを知る」必要があるから。
だけど、そんなに哲学的にならずともマイキャリアはつくれます!
永遠に追い続けながらも、自分の社会的スタンスを確立するには?
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「自分」は奥が深い
そうです。まず大前提として、あなたという人間はめちゃくちゃ奥が深い。
人生で自分を完全に発見して確立できる人なんて、そういないんです。
自分だけ見ていると、よけい分からない
まず、「自分を知る」となると何をするでしょうか?
きっと“自分を振り返る”と思います。
自分の興味はなんだろう?
自分の得意はなんだろう?
自分はどんなにんげんだろう?
自分に問いかける。
だけど、そう簡単に見つかるものではありません。
自分に問いかけるだけでは、決して見つかることはありません。
例えば、あなたの国の国民性はなんですか?
と聞かれても、他の国の存在を知らなかったら答えられない。
他の国とくらべて何が違うのかが分からないと、国民性という概念すらありません。
自分だけ見ていたら、違いが分からない。
自分を知るためには、外を見なければいけない。
外を見ないのに自分を探そうとすると、迷宮に迷い込んでしまいますよね。
その他すべてを知るなんて
では、外の何を見れば「自分の形」が分かるのか?
答えは、“すべて”ではないでしょうか。
完全に自分の形を特定するには、すべての生物・すべての人間・すべての姿かたちあるもの・いや、姿かたちすらないものとも比べないといけない。
そんなの、無理です!
「自分を知る」ことは、それほど奥が深い。
完璧を求めようとしない。
僕は人事を10年ぐらいやりました。
面接も何百回もして、何千人という人に会ってきました。
しkし、それでも結局のところ「人は分からない」というのが結論です。
他人なんて理解しきれるわけがない。
自分のことを知るだけでも、一生あっても足りません。
だから、一定の判断基準でいいんです。
少なくとも、今現在の職業は無限ではないし、社会的な役割も人の数ほどあるわけじゃない。
内に目を向けて考えすぎず、外に目を向けてみましょう。
外を知らねば内見えず
外を知らないと、結局自分を特定することはできません。
血液型は何型なのか?
動物占いは何なのか?
すべて、選択肢があるから。枠組みがあるから、そのうちのどれなのかが分かるんですね。
選択肢はいかほど?
自分を発見しようと思ったら、まずは選択肢を持つことです。
- 興味の領域は全部でいくつあるのか?
- 思考特性はいくつあるのか?
- 行動特性はいくつあるのか?
- キャリアアンカーはいくつあるのか?
- 職種・業種はいつくあるのか?
- 世の中にはどんな性格があるのか?
選択肢も数限りなくありますが、ある程度あれば“自分が納得する”程度の情報量にはなるでしょう。
自己分析も、ひとつの分析ツールに頼らず複数やってみる。
また、自分だけの判断ではなくて他人にも聞いてみる。
外に目を向けることではじめて、多角的に自分を判断できるようになります。
客観性は、“選択肢のうちのどれなのか”という視点です。
まずは選べる状態に持っていきましょう。
選択肢がない状態だと、すべてが自己中心的になります。
注意ポイント
選択肢がない状態では自分を特定しづらい。
自分が見えない状態。
「自己中心的」になってしまいます。
「程度」の下と上
それから、選択肢のほかに「程度」の基準も広げるといいですね。
自分の力が10だとする。
最低が0、最高が20だと思っていたら、ちょうど自分は真ん中ぐらい。
もっと低いー2がいた、最高100の人もいたと知ったら、低い方になってしまいます。
世の中の程度には、どのぐらい範囲があるのか?
それを知らないと、自分がどのぐらいなのかが分かりません。
よく言われるのは、
「井の中の蛙、大海を知らず」
「お山の大将」
などですね。
会社で言えば、自分の会社しか知らないのに偉そうにしている上司。
だけど他の会社の上司の方が、実は全然出来がいい。
転職先にそんな人がいたら、「なんだかな~」と思いますよね。
自分を知るには、程度の基準を広げること。
なるべく広い“世界を知る”ことです。
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自分を知りたいなら、他人を理解する
違いを理解することが、自分を発見することです。
一番自分を知ることができるのは、“他の人を理解した時”ではないでしょうか?
自分という人間を知るには、他の人間と何が違うのかを知ること。
他の人と他の人の間にいる自分はどんな形をしているのかを知ること。
つまり、他人の在り方を否定していたらいつまでも自分を確立できません。
周りでいませんか?
自分を強く持っていて、他の人の在り方を否定しまくる人。
他人を否定する人は、本当に自分が見えているんでしょうか?
僕はいつも気を付けていることがあります。
- 認めること
- 流されないこと
「なるほど。あなたはそうなんだね。僕はこうだよ。」
と言えるようになることです。
自信を持って、違いを意識する。
違うからと言って相手を否定しない。
相手を認めたからといって、自分もそうであると流されないように。
会話をしていて、無理に相手に合わせて「う、うん。そう、だね~」とか言ってしまうと、よけい自分の形は相手から見えなくなる。
自分も含め日本全体に、違いを認める文化が根付くといいな~と思っています。
その方が絶対、自分を知ることができると思いますから。