新型コロナウイルス、自己責任

キャリアとは何か

キャリアを示す、自分の責任。頼るならより小さなコミュニティーで!

このブログを書いている今、2020年の2月28日です。

新型コロナウイルスの感染拡大を収束させるため「全国一斉臨時休校」が政府から要請されました。

そこで僕は、キャリアコンサルタントとして思うことがあります。

日本の在り方が変わってきている。

特に「責任の所在」が徐々に移行しつつあること。

キャリアもコロナも、共通して言えることとは!?

コロナウイルスで起きた(ている)こと

2020年2月28日「全国で休校」の方針

今、新型コロナウイルスの感染が少しずつ広がっているところです。

日本だけでなく諸外国の経済を押し下げるほどに影響しています。

そしてこのブログを書く少し前、政府は「全国臨時休校」を要請しました。

 

しかし、過去との違いを感じるのは次の点です。

安倍総理大臣

「今回の要請は法的拘束力を有するものではなく、最終的な判断は学校を設置する地方自治体や学校法人などで行われるものだ。それぞれの地域や学校で事情が違うわけで、基本的な考え方としてお示しした。各学校や地域で柔軟に判断いただきたいと考えている」

ということです。

文部科学省も、「地域や学校の実情踏まえ工夫を」と述べている。

 

休校の要請は法的な効力は一切なく、各地域に任せられる。

ここ最近、決定を各分所に任せる傾向が強くなってきたように感じます。

近年の日本は個々人の意思や環境を尊重するようになってきました。

同時に国の決定に納得できない人も当然出てきてしまうわけですが、それであれば国が決めなければいい。

 

会社でも同じことが言えますよね。

現場のことを知りもしない上層部が決定を下すからおかしくなる。

国も会社も、権限移譲したほうが合理的であるという段階に来ているのではないか。

会社で言えば、権限移譲された時に上層部を無責任という人は少ないのではないでしょうか。

 

対応を任されたつくば市では?

僕のいるつくば市で決定されたのは以下のとおり。

3月6日から休校。

そのあとも希望者は登校できる。

給食も出る。

SNSでは賞賛の声が大多数。

僕も子供のいる身として、とても助かる!と思いました。

 

そしてここでも感じませんか?

「希望者は」です。

 

人それぞれ、全く状況は違う。

考えも違うし置かれた環境も違う。

全員がそれぞれの状況を自分で判断して、自分で決定することが求められている。

なんだか僕も、今までより強く“つくば市民”である自覚自分で決めなければいけない責任を感じさせてもらえたなと思いました。

 

僕が思う【市民であること】

柔軟に対応していいということ

「柔軟に対応してもいい」ということは、「自分で考えて自分でやってくれ」ということです。

言い方はわざと悪く言いました。(笑)

 

聞く人によっては、「手に負えないから丸投げした」と考えるかもしれません。

これはどちらでもいいことだと思います。

ひとつ言えることは、

社会はグローバル化し、個人が責任を負わないといけない時代になってきている。

会社に頼っているだけでなんとかなる時代は終わっている。

 

中小企業で人事部長をしていた時、ずっと思っていました。

「上層部がもっと主体性を持たないと、いずれ会社がなくなってしまう」

キャリアを学んでいる中でも思いました。

「主体性を持てるような土壌がないことが社会問題だ」

 

だから、みんなが柔軟に考え決定していく未来はきっと明るいと思います。

「自分は、どうするか」です。

 

市民である自覚と責任

大きな存在に頼らないということ。

これが大事なのかなと思います。

 

頼ってしまうと、どうしても納得のいかない時に口が出てしまう

なのに手はなかなか出ない

長い会社生活で実感しました。

口だけ出して手を出さない期間が長いほど、成長が遅れ世間から取り残される。

 

しかし、なかなかそんな主体性は生まれない。

「会社員」「国民」という響きは大きすぎる。

責任を持つには実感が足りなすぎるんです。

 

これを解決するために、学校や会社では「役割」や「係」を与えます。

そうして責任の所在が明らかになると、人は急に頑張りだす。

つまり、

もっと自分が所属するコミュニティを小さく完結するものと捉えれば主体性が生まれる。

だから新しい教科の「道徳」では、郷土愛を持てるような教育が追加されたんですよね。

 

自分の役割が明確になるまで、小さく、小さく。

社会人→国→地方→都道府県→地域→会社→同僚→同期→家族

右に行くほど明確になる。

なるべく大きな範囲で自分の役割の自覚を持てると、立派な人という感じですね。

 

キャリア教育強化との関係

キャリアの自己責任という背景

そもそも、キャリア教育が強化される背景にあるもの。

  • 社会的自立の遅れ傾向。
  • 職業選択の先延ばし傾向。
  • 基本的能力の発達遅れ傾向。

これは誰のせいでもありません

若者のせいでもないし、過去の教育制度を作った人のせいでもない。

 

『自分の人生は自分で決める』

この当たり前すぎる、シンプルなことがだんだん弱くなっていた。

それはよりよい生活を求めてきた副産物です。

良くなったものを享受した分、歪んだ部分を矯正するために頑張らないといけない。

時代に合わせて、変化していかないといけない。

人の世の中はいつでもそうです。

前に進むうえで修正するものを修正しながら、それでも強く一歩ずつ進み続けるんです。

 

世の中は今、歪みを矯正しようとしています。

終身雇用が終わり、企業に頼れない時代。

これは終わりではありません。

そうしないと前に進めないからです。

 

国や会社に頼る姿勢は限界

今まで国や会社に頼る部分が少なからずありました。

頼るとは、変化しなくてもなんとかなる仕組みの中にいるということ。

本当に悪い言い方をすればですが、「楽をするため」です。

周知のように、これはすでに限界です。

 

今までのものを崩し、変化する時。

いえ、変わり続けていたというほうが正解かもしれません。

ただ、変化せずにいた人が苦しいということなのかもしれません。

キャリアコンサルタント

キャリア教育「生きる力」

双方、人が主体的に動き出すために生まれたものです。

 

今回のコロナウイルスでの休校申請も、同じような時代の流れを感じました。

すでに私たちは、自分の考えで、自分の判断で歩き始めています。

自分の足で歩く実感を持ち、生き生きとした社会人生活を送っていきたいですね!

 

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宮内 利亮

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